プロフィール

女子レスリングの日本におけるパイオニア的存在。
現役引退と復帰を繰り返した山本美憂。

'95年に浦和レッズ(当時)の池田伸康と結婚する'99年離婚。
翌年、格闘家エンセン井上と再婚したが2004年9月に2度目の離婚。

2006年、アルペンスキートリノオリンピック代表の佐々木明と3度目の結婚。

山本美憂全日本女子選手権成績

87年=優勝、88年=優勝(以上44kg級)、89年=優勝、90年=優勝、
91年=優勝(以上47kg級)

94年=優勝(50kg級)、95年=優勝(47kg級)、98年=3位、
99年=優勝(46kg級)

02年=5位(48kg級)

山本美憂世界女子選手権成績

91年=優勝(47kg級)、94年=優勝(50kg級)、95年=優勝(47kg級)
98年=2位(46kg級)

セクシー女性らしい美しい体のライン

女性らしい美しい体のラインを
維持していくためにもっとも大切なこと。

それは「姿勢」だと山本美憂さんは語ります。

「私自身、現役を引退してから自分の姿勢の悪さに気がついたんですね。
アスリートの場合、種目にもよりますが体の一部分に集中的に負担をかけるような運動が多いんです。そういう体の動かし方でついたクセが、自分の姿勢にも影響していたらしくて…」

そこで正しい姿勢を保つために重要なポイントとなるのが、
肩甲骨と骨盤だそう。

「あるスポーツトレーナーの方にお話を伺ったのですが、
この部分の筋力が弱くて歪みがあったりすると、猫背になったり、
腰が曲がったりしやすくなるのだそうです。
つまり表からは見えない筋肉や骨格の状態が、
実は体のラインにすべて現われてしまっているということ。
結構怖いことですよね」

このままではいけないと、バランスボールや、
さらに体幹を鍛えるエクササイズなども始めた山本美憂さん。

「始めて1〜2カ月たった頃から、だいぶ姿勢が改善されてきたという
実感がありました。
以前は猫背になっていたほうが楽だったけれど、
今は猫背になると体のほうが違和感を覚えるように
なってきたんですよ」

姿勢がよければ、それだけで見た目の印象も若々しく、
そして美しく見えることを山本美憂さんも改めて再認識。

普段の生活の中でちょっと姿勢に気をつける
ことって簡単なことですがなかなかできませんよね。

でも習慣にしようとゆう心がけだけで
ずいぶん違ってくんでしょうね。


バランスボールを使った筋力トレーニグ

山本美憂(やまもとみゆう)元女子レスリング世界チャンピオンの
山本美憂さんですが。
とてもチャーミングな方だと思うのですが。
レスリング選手だったのですよね。

「体重計の数字ばかり気にするのではなく、
見た目の美しさを大切にしていきたい」とおっしゃってます。
やはりキレイな人はいつも美しくいたいと思うんですね。

「年齢とともに体がたるんできて、
ボディのラインもどんどん下がっていくものですよね。
それには意地でも抵抗したいんです(笑)」とも

そのために山本美憂さんが始めたのが
バランスボールを使った筋力トレーニグ。

テレビを見たままでもまったくOKなので、
山本美憂さんのように手で体に触れてみて、
動かしている筋肉を意識する、
ということを心がけるのがコツだそうです。

ただ適当に体を動かしていても、
ついてほしい筋肉はついてくれないのです
動かしている筋肉を意識してやってみましょう。

KID16秒完敗! 姉・美憂「悔しいけど、安心した」

レスリング全日本選手権最終日 準々決勝○井上謙二(16秒 フォール1P)山本“KID”徳郁●(28日、東京・駒沢体育館) KIDが病院送りにされた。

北京五輪を目指してアマ復帰した山本“KID”徳郁(29)=KILLER BEE=は、男子フリー60キロ級準々決勝でアテネ五輪銅メダルの井上謙二(30)=自衛隊体育学校=と対戦。腕を取られて投げられ、開始16秒で無念のフォール負け。

右ひじを脱臼して救急車で病院に搬送された。診察の結果、全治3〜4か月と五輪への道はいきなり試練を迎えた。

衝撃的な光景に、満員の観客は声を失った。プロのリングで伝説を積み重ねてきた“神の子”が、アマのマットで屈辱の秒殺負け。さらに、腕を破壊されて病院送りにされた。「軽くけがをしちゃったんで、がっちり治してきます」とコメントを残して救急車に乗り込んだKIDだが、都内の病院で診察した結果は「全治3〜4か月の後方脱臼」。決して“軽く”はなかった スポーツ報知


弟である山本“KID”徳郁のアマレス復帰戦について
「だいぶ(昔の感覚が)戻ってきている。タックルのキレもあったし、スタミナもあった」とコメントする山本美憂(野澤俊介)


山本“KID”まさかの完敗!!

今秋の世界選手権(アゼルバイジャン)の代表第1次選考会を兼ねた
レスリングの全日本選手権最終日は28日、
東京・駒沢体育館で男女4階級を行い、
約7年ぶりにアマに復帰して

男子フリースタイル60キロ級に出場した
プロ格闘家の山本“KID”徳郁(KILLER BEE)は
2回戦でアテネ五輪銅メダルの井上謙二(自衛隊)に敗れた。

準々決勝でアテネ五輪銅メダリストの井上謙二にフォール負けを喫した。
山本は、序盤に投げを打たれた際に、右腕の関節を負傷し、
その後はなすすべがなかった。

毎日新聞

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“VIP待遇”で計量パス

レスリングの世界選手権(9月・アゼルバイジャン)代表選考会を兼ねた
全日本選手権第2日は27日、東京・駒沢体育館で行われ、
28日の男子フリー60キロ級で復帰する
山本“KID”徳郁(29=KILLER BEE)
はドタバタの末に、前日計量をパスした。

7年ぶりのアマ復帰戦に臨む山本“KID”徳郁が
早くも大きな存在感を示した。
この日は計量と組み合わせ抽選だけだったが、控室は個室が用意され、
全試合終了後に計量が始まると
優勝者インタビューも中断されるほどの“VIP待遇”だった。

パンフレットの表紙に誰よりも大きく登場している山本は、減量をしっかりこなして計量をパス。
ただし、ルール改定でタイツ着用が義務づけられていることを忘れて車に取りに戻る場面も。久々の試合であることを印象づけた。

土田章博(21=自衛隊)との初戦を突破すれば、2回戦ではアテネ五輪銅メダリストの井上謙二(30=自衛隊)との対戦が濃厚だ。
「ここに出てくる選手は全員強い。誰が来ても一緒。きっちりテークダウンを取ります。優勝目指して頑張ります」と抱負は控えめ。
神経質になっている様子はないが、
計量後に予定されていた囲み取材を突然キャンセルし
「それではアディオス!」と
車をホイールスピンさせて、さっそうと会場を去っていった。

山本の試合のすべてを観戦してきた姉・美憂(32)は
「今は前日から既に緊張している。山本3姉弟にとって五輪は運命的なもの。

ノリには頑張ってほしい」と、弟への思いを明かした。
美憂自身は世界選手権に3度優勝しながら、正式種目でなかったため(04年から認定)五輪の舞台に立つことさえもできなかった。

妹の聖子(26)も夢かなわず引退した。
 
提供:スポニチ)


元女子レスリング世界チャンピオン

山本美憂(やまもとみゆう)元女子レスリング世界チャンピオン。

小学生の頃からレスリングを始め、
13歳で全日本女子レスリング選手権を制してます。
その後4連覇。
しかし年齢制限により世界選手権には出場が認められなかった。

17歳の時、初めて出場した世界選手権を史上最年少で制するなど、
3度世界の頂点に立ってます。

強さと美しさを兼ね備えた選手です。

結婚して一児の母となり、現役選手を引退していましたが、
女子レスリングが2004年アテネ五輪で初めて正式種目
となることが決まり、五輪挑戦の夢を捨てきれず現役復帰を決意。

妹の聖子(ジャパンビバレッジ)と共にオリンピック出場へ向け、
2002年の天皇杯で3度目となる現役復帰を果たす。

2004年2月に行われた
オリンピック代表選手選考試合でもあるジャパンクイーンズカップで
惜しくも3位となり、
残念ながらアテネ五輪の出場権の夢を逃した。


現在はスポーツコメンテーターや、レスリング普及
のために幅広く活躍中。

「姿勢をよくすることと、
バランスボールでの筋力トレーニングがマイ ブームです」
と山本美憂さん。

全日本女子選手権

戦績
1987年全日本女子選手権44kg級優勝
1988年全日本女子選手権44kg級優勝
1989年全日本女子オープン44kg級優勝
1989年全日本女子選手権47kg級優勝
1990年全日本女子オープン47kg級優勝
1990年全日本女子選手権47kg級優勝
1990年全日本女子オープン47kg級優勝
1991年全日本女子選手権47kg級優勝
1991年世界女子選手権47kg級優勝
1993年全日本女子オープン50kg級準優勝
1994年全日本女子選手権50kg級優勝
1994年世界女子選手権50kg級優勝
1995年全日本女子選手権47kg級優勝
1995年世界女子選手権47kg級優勝
1998年全日本女子選手権46kg級3位
1998年世界女子選手権46kg級準優勝
1999年ジャパンクイーンズカップ46kg級準優勝
1999年全日本選手権46kg級優勝
2003年ジャパンクイーンズカップ48kg級準優勝
2004年ジャパンクイーンズカップ48kg級3位